1945年6月5日は、京都府城陽市の奈島近くにある木津川の河川敷で、米国の爆撃機B29が墜落した特別な日の一つです
この事件では、米軍の乗組員5人が命を落とし、近くの深廣寺では住職が位牌を作り、彼らを弔いました
この位牌は、今も本堂に静かに安置されています
当時、田辺町(今の京田辺市)で記された記録によれば、B29は木津川の上空をかすめ、轟音とともに大爆発が起こったそうです
オレンジ色の炎が燃え上がり、空には落下傘が舞っていたという様子が想像できます
この墜落現場は、現在の山城大橋から約100メートル下流の青谷側の砂原にあたります
深廣寺では、位牌によって亡くなった人々を供養したことが記録されています
位牌の高さは約70センチ
普段は本堂の奥に檀家や代々の住職の位牌とともに並べられています
表面には「B29搭乗五勇士 英霊」と書かれ、英語では「5人の無名兵士の聖霊」と記されています
裏側には墜落した時間と場所が残されています
位牌を作成したのは、当時の住職であった竹田春嶺さん
2007年に他界しましたが、現在は三浦浩真さんが住職を務めています
位牌にまつわる資料はあまり残っていませんが、三浦住職が聞いた話によれば、竹田住職の行動により、終戦直後に行われた軍事裁判で、地元の関係者が無罪判決を受けたとも伝えられています
敵国の兵士を弔う行為は、当時の状況下では批判を受けることもあったとも言われています
三浦住職は「仏教の教えでは、亡くなった人の供養は敵味方に関係なく行わなければならない」としつつ、当時の難しさを感じています
今日も位牌に手を合わせて、平和を願っています
深廣寺は、木津川に架かる山城大橋から約1キロ、車で5分ほどの場所に位置し、多くの檀家がいる地元密着型の浄土宗の寺です
境内には、城陽市の指定文化財となっている「宝篋印塔」が5基あります
B29とは、第二次世界大戦中にアメリカが使用した爆撃機の一種で、非常に高い高度から爆弾を投下できる特徴を持っています。この機体は日本本土への爆撃で多くの役割を果たしました。B29の性能は当時の戦争に大きな影響を与え、特に都市の破壊に寄与しました。そのため、今も当時の出来事を語る際には、B29が欠かせない存在となっているのです。
- 仏教とは、紀元前5世紀頃にインドで創始された宗教で、釈迦(しゃか)が教えの始まりとなります。人々の苦しみを理解し、解決するための教えを説きます。
- 浄土宗とは、日本の仏教の一派で、阿弥陀仏(あみだぶつ)を信じ、その加護を受けることで往生を願う教えです。特に、死後の世界への信仰が強い宗派です。
- 文化財とは、国や地域の歴史、文化、芸術に関連した物品や建築物のことで、保存や保護が求められる重要な存在です。
前の記事: « 京丹後市での米兵小銃携帯問題が引き起こした騒動について
次の記事: 宇治市の小学生が火災予防を呼びかける活動を開始 »
新着記事